東京地方裁判所 昭和32年(ワ)9146号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔事実と判断〕本件宅地三九坪六合八勺はもと訴外神宮一男の所有した一二〇坪の土地の一部であるが、神宮が国税滞納処分を受けて右一二〇坪の土地を差押えられ、昭和二七年一二月一八日差押登記を経て、昭和三二年九月二五日公売に附され、同日原告が本件土地を落札し、同月二七日売却決定を得て、同年一〇月一日所有権移転登記を経た。被告等はそれぞれ本件土地の一部を、その南側に隣接する私道部分とともに建物所有の目的で賃借し、各賃借部分にまたがる建物をそれぞれ所有しているが、各所有建物については所有権保存登記を経ていなかつた。原告は本件土地所有権に基いて、被告らに対し各建物収去土地明渡を求めたが、被告らは、それぞれの建物について昭和三二年九月二七日および同月二八日に所有権保存登記を経たから、新所有権者たる原告に対抗し得ると主張したほか、原告の請求は被告らの登記の不備に乗じたもので権利の濫用である旨抗弁した。
判決は、被告らが建物所有権保存登記を経たのは、本件滞納処分における差押登記の後であるから、被告らの賃借権は対抗要件を欠くとせざるをえないと判示したが、権利濫用の抗弁については次のように判示してこれを容れた。曰く、
「しかしながら本件事案をさらに深く掘り下げて考えてみれば次のような結論が得られる。すなわち……を総合すれば、『前記もと六百五十三番宅地約百二十坪は訴外神宮一男の所有であり、これを原告は被告相馬俊之、同相原巳之助、訴外橋本治一同入沢俊彦等四名とともに右神宮一男からその一部宛借地して、それぞれその地上に建物を所有し、居住を続けてきたものであつて、被告相馬俊之、同相原巳之助は原告の借地部分が袋地となつている関係から原告に対し前記私道部分の無償通行を許していたものであるところ、右約百二十坪の土地全部が神宮一男に対する滞納処分のため公売に附せられることになつたので、前記借地人等五名は協議を行い、その結果それぞれ各自の借地部分を落札することと定め、その旨当局と折衝したが、土地の細分に難ありとして容れるところとならず、結局一筆約四十坪宛に三分して公売せられたが、その際原告は前記私道を含む一筆すなわち本件宅地三十九坪六合八勺が被告等によつて落札された場合前記私道の通行権を失うおそれあらんことを顧慮して、自己の借地部分の落札をさておき、被告等に率先して本件宅地を落札したものであるけれども、被告等においては従前はもとより将来に亘つても原告の右私道の通行を阻害する意思なく、たとい被告等が原告に代つて本件宅地を落札したとしても被告等の意思に変動はなく、原告は従前より現在に至るまで別に支障なく右私道を通行していること及び右落札当時には原告自分も未だ自己の借地上の建物につき所有権保存登記を経由していなかつたこと』を認めることができ、右認定の事実に照せば、原告は前記私道の通行が阻害されない限り、強いて被告等に対し本件宅地の明渡を求める必要なく、しかるにもかかわらず、たまたま被告等の借地権が対抗要件を具備していないのに乗じ、これを奇貨とし、所期の目的を越えて土地の明渡をはかり、しかも原告自らも被告等と同様その借地については落札人より明渡を迫られても余儀ない立場にあつたにかかわらず、落札人の好意により円満に事態を収拾し得たことに思を致さず、かつては等しく借地人として自己と同等の立場にあつた被告等に対し社会常識の許す範囲を越え敢えて法律の名の下に自己の欲求を満足せしめるためにのみ所有権を行使するものと断ずるにはばからないから、右は権利の濫用として許されず、結局原告の本訴請求はすべて失当として棄却を免れない。」
なお、判決は、原告と被告等との間の本件土地使用の法律関係について次のように説明している。
「なお本件の如き権利濫用として所有権の行使が許されない場合、原告と被告等との関係を一種の放任状態としてこれを放置すべきではなく、原告と被告等との間には従前の賃貸借関係が承継されるものと解すべきである。なんとなれば、不動産の利用関係は永続性をもつものとして永く放任状態に置くことは望ましからず、又一面権利濫用として権利の行使が許されない場合は、これを逆に考えれば相手方はその権利の行使を否定し得ることであり、さらに極言すれば権利の行使を否定し得るとは相手方が自己の有する何等かの権利を以てしたといそれが対抗要件を具備せざる不完全な権利であろうとも――さきの権利に対抗し得ることを意味するものと解し得ないわけではないからである。」